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モーツァルトを求めて
毒舌で鳴らした文芸評論家の福田恒存をして「日本でただ一人、言葉の本当の意味で『音楽批評家』の名に値する人物」と言わせた吉田秀和。彼の文章を読んでいると、「音楽を聴く」という体験が、「音楽について語る喜び」と不即不離の関係にあることがよく分かる。
演奏会に行って「よかったね」で終わり ―そうではない。言葉であれやこれやと語ることを通して、音楽の楽しみはさらに深まっていくのだ。しかも吉田氏は、決して世間によくある「印象批評」の人ではない。音楽が胸のうちにかきたてた「感動」とやらを、ロマンチックな言葉で滔滔となぞってみせるだけのディレッタントではない。常に彼は、自分の私的な体験を、分析的に裏づけてみせる。徹頭徹尾主観から出発しながら、同時にそれは客観的なのだ。
「音楽についての感想などすべて主観であって、客観的な音楽批評など出来るはずがない」と思っている方は、例えばこの本の中の「古典の複雑と精妙について」というエッセイを読んで欲しい。一見シンプルに見えるモーツァルトの音楽が、実はどれだけ精巧に構成されたものであるか、これほど雄弁に教えてくれる文章を、私は他に知らない。
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