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公共性
日本国憲法の柱の一つである基本的人権は、「侵すことのできない永久の権利」だが「公共の福祉」に反してはならないという。だが、ここでいう「公共」とは、いったい何なのだろうか。個人の自由と社会の平等を扱う政治学の世界で、「市民社会」とか「公共性」という、明治以降に翻訳語として入ってきた政治の基礎概念をしっかり吟味することは、劇場政治やメディア政治が支配的になった現代政治を見透かす視座を与えてくれる。
本書で著者は、英語の「公共public」には、official,common,openの3つの意味があるという。「公と私」という境界自体が、歴史や文化の中で政治的に線引きされてきたという。お役所=官(official)が「公」を独占する日本のようなかたちは、commonやopenを含む西欧の「市民的公共性」から見れば、異常なあり方だ。
そういえば、中国語では私企業も「公司」と書く。日本語の「政治」は、もともと「政事=マツリゴト」で、天皇を中心とした宗教的祭事からきた言葉だ。こんなことがわかってくると、テレビのキャスターやコメンテーターとは、一味違った政治の見方ができる。
本書から入って、本書を含む「思考のフロンティア」シリーズを読破すれば、学問する面白さがわかってくるだろう。
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