本書は、生殖医療の最前線を一人で切り開いてきた産婦人科医の自伝である。彼が広く医学界に知られるようになったのは、1986年に日本で初めて、世界でも二例目の減胎(げんたい)手術を実施してからである。
読者も見たことがあるだろう、5つ子の家庭を紹介する年に1、2度のテレビ番組がある。いつもにぎやかで、ときに大騒動を巻き起こす5つ子ちゃんが、回を追うごとにすくすく育っていく様を、筆者などは親戚のおじちゃんになった気持ちで、いつも微笑ましく見ている。
しかし、テレビで紹介される幸せな家庭の陰に、多胎(たたい)妊娠のためにすべての赤ちゃんをあきらめざるを得なかった夫婦が数えきれないほどいる事実を知る人は少ない。多胎妊娠とは2人以上の赤ちゃんを身ごもること。3つ子以上のケースではほとんどの場合、排卵誘発剤の使用など不妊治療の産物である。
3つ子以上になれば、母体に大きな負担がかかるし、赤ちゃんのストレスも大きい。そのため、母親が命をかけて産むか、さもなくばすべての子を人工妊娠中絶するかの二者択一を迫られてきた。子どもがほしくて不妊治療までして授かった待望の赤ちゃんなのに、夫婦にとってはつらい決断だった。しかも無情にも決断を迫るのが、不妊治療を行った当の医師なのだ。
そんな状況を見かねて、著者の根津医師が踏み切ったのが減胎手術だった。減胎手術とは、胎児の数を双子までに減らし、無事に出産させる中絶手術である。これにより、不妊治療で赤ちゃんをわが腕に抱ける夫婦が増えたのだった。
しかしこれを否とする日本産婦人科医会と、根津医師は猛然と闘い始める。彼には納得がいかなかった。なぜ通常の中絶手術が認められていて、減胎手術がだめなのか。不妊治療をおこなった結果に、医師が責任をとらなくてよいのか。
そしてあれから22年たった現在、根津医師は今度は「代理出産」という新たな不妊治療をめぐり、日本学術会議と闘っている。
不妊治療とはどんな治療なのか、そもそも医療はだれのためにあるのか、医療の方針をだれが決めるのか……私たち国民一人一人が学び考えなければならない。